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Studio Chou Chou

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 今この瞬間は、1後秒には過去になり10年後には宝物になる。 清水 健太さん   様々なお店が並ぶ中、おしゃれな木の看板があり、かわいらしい猫が出迎えてくれるのがフォトスタジオであるStudio Chou Chou だ。 お店に込められている思い  「父親が記録を残すことが好きで、20歳になるまでの記録を残しておいてくれた。その記録を見て、とても価値のあるもの、財産だと感じた。写真などの記録が残っていることはありがたいことだとわかった。見た瞬間思い出せるものを、ちゃんと残したい。」  お店のコンセプトには清水さんの熱い思いが込められている。 Studio Chou Chouとは  Studio Chou Chouでは撮影料金が無料で、写真をデータで売っている。そのため、通常1年ほど経ってからデータがもらえる他の写真館に比べ、スピーディな写真の受け取りと家族などへの共有が可能となっている。主に、スタジオでペットと子供の写真撮影を行っているが、出張撮影も行っている。その場合の撮影場所はお客さんとのコミュニケーションにより決められ、陸前高田の風景とともに写真を撮ってもらうことも可能である。このように屋外での撮影があることに加え、清水さんが一人で経営をしていることもあり、Studio Chou Chouは完全予約制になっている。撮影のないときは、ラジオ番組の制作や映像編集作業などを行ったりしているそうだ。 仕事場の様子 清水さんの撮影した写真 スタジオ内の様子 陸前高田を訪れてから数年、今伝えたいこと  経営者の清水健太さんは、2014年に東京から陸前高田に移住した。地元の商店主たちに感化され、自身も出店を決めた。当時、陸前高田の地域コミュニティに溶け込むのは難しいことだったが、積極的に地域活動に参加し、現在では町の人たちに頼られるような存在になった。   清水さんの仕事風景 「この街を諦めないでくれ!」  陸前高田に住む子供たちは、親の苦労などを知っているため、とても良い子が多いという。その子たちにはもっと自由にやりたいことをやってほしいと清水さんは考えている。子供たちが成長してから「どうせ無理」と考えて諦めてしまわないように、謝って何とかなることには、若いうちにどんどん挑戦していってほしいと語った。  あたた

スタジオヒロシ

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写真で喜んでもらいたい 今年7月にできたばかりの新店舗 写真に関するすべてのことを  スタジオヒロシ(店主:佐々木宏さん)は陸前高田の数少ない写真スタジオの一つである。写真に関することはできる限りお客様の要望に応えたいというのがこの写真スタジオの方針だ。例えば、お宮参りや七五三、入学、卒業などの記念写真のほかにも、デジカメ・スマートフォンで撮影した写真の現像や昔の写真の焼き増し、スマートフォンで撮影した動画をDVDへの編集、VHSからDVDへのダビングもおこなう。また、津波で汚れてしまった写真を綺麗にしてほしいという依頼も受けている。このような多岐にわたる要望に応えることができるのがこの店の自慢だ。  お客様は陸前高田の住民の方々。中には結婚式から毎年、その年の暮れに来店し、家族写真でカレンダーや年賀状を作成する方もいるという。最近、近くの公園で遊ぶ子供たちの姿をカメラに収め、それを差し上げることもあったらしい。元気に遊ぶ子供たちの写真は、以前に戻りつつある、戻ってほしい陸前高田の姿を「とどめたい」というお気持ちの表れとしてお話を伺った。その意味において地域の方々の心に寄り添った写真スタジオだと感じた。 お客様が入りやすいように工夫したディスプレイ  ぬいぐるみやハロウィンの飾り、再流行した「写ルンです」が飾られている 撮影スタジオ 背景は五種類から選べる 撮影セット ソファーや窓際も利用できる 震災当時の状況  佐々木さんは、震災前は高田町駅通りで写真店を営んでいた。しかし、東日本大震災の津波により、店は流されてしまった。地震発生時、佐々木さんは店におり、揺れで現像液が混合されないように対策をとったがどうしようもなく...、その後避難をし、寸前のところで助かった。その後、佐々木さんは仮設住宅に住むことになり、最近まで住んでいた。また、店舗がない時も写真店としての仕事をこなしていた。その際は周囲の人が設備などを様々な面で支援してくださったそうだ。そういった中、2011年12月には仮設店舗で店を再開することができた。 津波の潮で錆びてしまったカメラ 中心市街地に再建  今のスタジオは2020年7月末に完成したばかりである。周りのほかの店に比べて少し遅い復興だ。撮影の設備は市の方や釜石市のお知り合いからいただいたり、その他にも新しく購入した。土地は市に借りている。出店す

荒木鮮魚店

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来てみないとわからないこの魅力 荒木鮮魚店さんのロゴマーク 陸前高田市中心街唯一の鮮魚店  震災以降復興が続いている陸前高田市。その中心ともいえる商業施設アバッセたかたから東にほど近い距離に「荒木鮮魚店」がある。昨年オープンしたお店で落ち着きのある外観が印象的だが、入り口を通るとお客さんを迎える元気な声とポップなBGMが聞こえてくる。 荒木鮮魚店外観 こだわりは「鮮度」「安さ」  荒木鮮魚店のこだわりはその扱う海産物の「鮮度」と「安さ」だという。毎朝水揚げされた鮮度抜群の海産物がショーケースに並ぶ。その日によって並ぶ品々や値段も変化するが、荒木鮮魚店さんはその「安さ」にも自信を持っている。荒木さんは鮮魚店のほかに鮮魚の卸し業も営まれているからだ。  毎朝店へ運ばれる新鮮な魚は店内でお刺身に加工される。加工時に余った部分はお惣菜として販売されるため、廃棄を無くすという海の幸への感謝の思いも伺える。  店内ショーケース お惣菜、お酒類コーナー 震災当時の状況  震災当時は大船渡市で卸し業、居酒屋を経営していたが、会社も自宅も震災による津波の被害を受けた。海産物を扱う仕事のため受けたダメージは大きかったが、地域の人々からの要望もあり、再開を目指した。卸し業の工場、居酒屋の順で再開し、ついにご主人の夢でもあった鮮魚店を陸前高田市の中心市街地に開店した。 お客様への思いやり  荒木鮮魚店さんは「ユニバーサルデザインのお店」として認定されている。店内外で段差もなく、車いす利用者の方でも移動しやすい設計になっていることも理由の一つだ。  店内のショーケースにはたくさんの鮮魚が並んでいるが、その魚が水揚げされたときに撮影した写真も一緒に展示されている。品ぞろえは毎日変わるため手間ではあるが「お客さんがイメージしやすいように」と毎朝その日撮影された写真を展示しているそうだ。   ユニバーサルデザイン認定書 鮮魚と写真たち 荒木さんの新たな野望 「卸し業」「居酒屋」「鮮魚店」を営んでいる荒木さんだが、ご主人が抱くもう一つの夢について語ってくれた。それは「食堂」をオープンさせることだ。荒木鮮魚店に隣接させる形で計画を進めており、店舗自体はすでに完成間近だという。新型コロナウイルスによる影響と人手不足ということもありオープンは未定だが、ご主人の夢の実現に向けた思いと行動力は果てしない。また

ひころいちファーム

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  生き残ったからには何かやらなければ 〜お米で勝負!故郷を守るための挑戦〜 代表の村上一憲さん 米粉パスタスナックを揚げたてで提供中  ひころいちファームは陸前高田に工場と販売店を構えている。中心市街地のチャレンジショップでは、揚げたての米粉パスタスナックを味わうことができる。私が訪れた際には、塩、コンソメ、牡蠣、ニラ南蛮、かぼちゃといったフレーバーが用意されていた。私個人としては、かぼちゃの甘みが広がるかぼちゃ味の米粉スナックがお気に入り。  また12:00~16:00の間は工場から揚げたての商品がチャレンジショップへ届けられる。揚げたての米粉パスタスナックは香ばしく、パリパリの触感を楽しむことができる。さらにチャレンジショップでは試作品のテスト販売も行っているとのこと。季節によって大豆を使わない、きな粉味やこんぶ味などユニークな味に出会うことができるかもしれませんよ。 ニラ南蛮味とこんぶ味のパスタスナック チャレンジショップ内店舗 震災当時の状況  現在は、力強く商品を売り出している代表の村上さんだが、震災では大きな被害を受けていた。津波が耳をかすめるほどギリギリの避難になったそうだ。だが村上さんや奥さん、お子さんは何とか近くの竹やぶに逃げ大事に至ることはなかった。「まさに九死に一生を得た」と村上さんは語った。自宅や畑は流され跡形もなくなり、物理的にも精神的にも大きな傷を負ってしまった。このような厳しい状況の中、なぜ陸前高田で事業を始めることができたのか、私は疑問をぶつけた。「不安や焦りにさいなまれる中、そんな中で生きてがんばらなければならない気持ち。あんな思いして生き残ったんだから、なにか理由があるんじゃないか。自分もなにかしなければ。」このような思いがあったから。そして多くの支援を受け、震災の前から考えてきた6次産業化を実現させた。 三陸らしいブランド作り  震災を乗り越え、作られた米粉パスタ。「米粉パスタ」の名前は、買い手に調理方法がわかりやすいようにと命名された。米粉麺として売り出した際、どのように食べるのかといった質問が多かったようだ。自分の店で出す分には説明ができるが、商品のみを置いての販売になると手に取ってもらえる機会は少なくなってしまう。名前から食べ方を限定することにより注目度のみならず、買い求めてもらえるようになったそう。そのような声を反映し

ヤマニ醤油高田営業所

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陸前高田の方たちと作り上げる醤油が自慢 こだわりの醤油とともに微笑む鈴木さん 震災前と同じ味を追求して  ヤマニ醤油高田営業所では、醤油の味を常に試行錯誤しており、甘さや醤油の色などお客さんの良い意味でのクレームに応じて製造方法を調整しているという。  地域ごとに異なる味が楽しめるのもヤマニ醤油の特徴の一つだ。陸前高田の醤油販売を行う高田営業所では、甘めの醤油が多く販売されている。陸前高田ではやや甘めの味付けが「家庭の味」のようだ。 大切にしている昔ながらの「御用聞き」  ヤマニ醤油高田営業所では、昔ながらの「御用聞き」を大切にしている。家、一軒一軒に訪問販売を行っているのだ。最近では珍しいこの販売スタイルがヤマニ醤油の特徴だ。一日30軒から40軒回り、繁忙期は100軒回ることもあるそう。多忙を極める重労働であるが、それでもお客様の笑顔と感謝の気持ちに支えられているという。 この車でお客様のもとへ 一つ一つ丁寧に思いを込めて作られたヤマニの醤油  ヤマニの醤油は、淡口・甘口・上級と醤油だけでも三種類あり、さらにほんつゆに白だし、そしてかわいいイラストが目を引くしょうゆ天使と豊富な品揃え。しょうゆ天使のイラストは、復興支援のために「アンパンマン」で知られるやなせたかしさんが無償でデザインを提供してくださったものだ。 様々な料理と合わせられる豊富な品揃え 「しょうゆ天使」味わいました!  私は今回、しょうゆ天使を味わった。まず、ふたを開けるとすぐに懐かしい醤油の香りを感じることが出来る。 「しょうゆ天使」は濃い口で醤油の味がしっかりしているように感じた。個人的には刺身と合わせたら絶品だろうと思う。 可愛いしょうゆ天使が目印 震災で多くのものを失って 「震災で得られたものもありますが、失ったものやなくしたものがあまりにも多すぎる。」と鈴木さんは言う。  震災当時、鈴木さんは宮城県気仙沼市にいた。津波に流されながら、ただひたすら命が助かることだけを考えていたという。  その後、鈴木さんは地元陸前高田で起業することを決意。何もないゼロからのスタートだった。 当時の状況を語る鈴木さん 陸前高田のお客様とともに 「昔ながらの『御用聞き』が今もなお出来るのは陸前高田の方たちの人柄や気前の良さがあってこそ。地元である陸前高田で商売をすることにこだわりを持っている。」と鈴木さん。  ヤ

気仙タクシー

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時間関係なく、少しでも多くのことを伝えたい インタビューをさせていただいた及川さん 市民の大事な交通手段としての気仙タクシー  気仙タクシーは陸前高田駅のすぐそばにあり、多くの市民が利用する。陸前高田市は東日本大震災の影響で震災前に比べて交通手段が少ない。そのため、買い物や病院に行くためにタクシーを利用する人が多い。特に、年配の方や車を所有してない方が多く活用する。そのため、市民の大事な交通手段になっている。 本年4月に完成したばかりの新事業所 震災の遺構を巡る復興コース  気仙タクシーは震災後、復興コースと名付けた震災遺構、また復興しつつある陸前高田をめぐる独自のサービスを提供している。復興コースは、陸前高田市内の復興スポットを巡回する。気仙タクシーでは語り部ガイドのサービスが付いており、ドライバーの方から震災当時の自身の経験を踏まえた説明など生の声を聞くことができる。実際に現地を巡回することで、津波被害の甚大さや、震災からの復興を見学することができる。復興コースはモデルコースが2つあるが、お客様の要望に合わせてコースの順番や巡るコースを変更することもできる。 復興コースの紹介 モデルコース① 〜旧市内中心部の復興スポットを巡るコース ・所要時間 1時間半〜2時間 ・料金(2時間ご利用の場合)(税込)  ジャンボ(9人乗り)¥18,440 / 小型(4人乗り)¥11,120  追悼施設(慰霊碑)→奇跡の一本松→気仙中学校→ユースホステル→道の駅タピック45→雇用促進住宅 モデルコース② 〜市内全体の復興スポットを巡るコース〜 ・所要時間 2時間〜3時間 ・料金(3時間ご利用の場合)(税込)  ジャンボ(9人乗り)¥27,660 / 小型(4人乗り)¥16,680  高田松原 津波復興祈念公園→奇跡の一本松→桜ライン311→陸前高田市内跡地(気仙中学校・ユースホステル・道の駅タピック・雇用促進住宅)→高田松原 松の苗木→箱根山展望台→希望の灯り→気仙大工左官伝承官 ジャンボ(9人乗り) 小型(4人乗り) 震災当時の状況  地震が発生したときは、多くの社員の方が、お客様を輸送していたそうだ。だが、各々の判断でタクシーに乗ったまま高台に逃げるなどして多くの従業員の方が助かった。震災後は、地元の方々の「タクシーの営業を再開してほしい」という要望があったため、震災翌月から少

花カフェ

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 今を精一杯生きたい。 戸羽さんご夫妻 花咲くカフェ  南欧風の建物の前にはたくさんのバラが咲きほこる。 「お花をたくさん植えてお客さんに楽しんでもらいたい。」そう話すのは、陸前高田市出身の戸羽紀美子さんだ。甲府で営んでいたカフェで使用していたイギリス製の食器は、紀美子さんの趣味で集めたものだという。外装、内装ともに凝っていて、かわいらしい雰囲気のお店である。花カフェという店名は、紀美子さんのお母様が生け花教室を開いていたことからつけられた。   南欧風の外装 こだわりの内装 こだわりの石窯ピザ  店のイタリア風ピザは、夫の斉さんが石窯で1分30秒という短時間に高温で焼き上げるのでふっくら、もっちりと仕上がっている。名物は、春に出るシラスや春菊、モッツァレラチーズを使用した花カフェピザ。取材時は季節外れのため、ハーブチキンバジルソースのピザが出ていた。旬の時期にぜひ楽しみたい。  花カフェのピザはマルゲリータ、ハーブチキンバジルソースのピザ、生ハムピザ、明太子ピザの4種類あった。どれももっちりした生地に、トマトソースの酸味とそれぞれの具材の触感や風味がたまらない。  地元の材料をできるだけ使うというこだわりもあり、陸前高田市に来たらぜひ食べてほしいピザとなっている。  私たちは取材で4種類のピザをいただいたが、あっという間になくなってしまった。イタリア風ピザのため、デリバリーのアメリカ風ピザのように生地が分厚くない。そのため、女性でも一枚はぺろりとたいらげてしまう。 左 明太子のピザ 右 マルゲリータ 左 ハーブチキンバジルソースのピザ 右 生ハムのピザ 出店の経緯  もともと甲府で暮らしていたお二人。実家が陸前高田市にあったため、先代からの土地を大切にしたいという思いで出店を決意した。  同時に東日本大震災により被災した陸前高田市の復興のためにカフェを出店することを決意したという。しかし、そこまでの道のりは険しいものだった。普通のカフェではなく、もっとインパクトのある店の企画を模索し続ける中、故郷に通う途中のパーキングエリアの移動石窯ピザ屋で食べたピザのおいしさに感動し、ピザをメインとしたカフェにすることを決めたという。 メニュー ランチも美味しそう! お二人の出会い  戸羽さんご夫妻は、もともと大船渡の中学の同級生だった。紀美子さんは父の転勤で山形に移住後、東京